SS/まほらば/学校の課題

 「はぁ〜…。今日も一日疲れたなぁ〜」
 双葉台駅から出てきたところで、僕は一度大きく背伸びをした。
 日が傾き始める時間帯。行き交う人の数が増えてくる時間だ。
 夏休みまで後もう少し。
 7月の始め辺りになってくると、この時間でもまだ外は明るい。
(さてと、課題も出された事だし、本屋によってさっさと帰ろう)
 そう思い、帰る方角へと足を向けた瞬間だった。
「白鳥さーん!」
 呼ばれた声に反応して後ろを振り返れば、改札口の方から二人の女の子がやって来た。
「やあ、梢ちゃん…と珠実ちゃん」
 二人は僕の目の前で足を止めた。
「いつも思うんですけど、私っていつも次いで扱いなんですね〜」
「あっ、いや、それはね…」
「そんな事はありませんよね、白鳥さん」
「ああ、うん…」
 下手な事は言えないので、僕はすぐさま頷いた。微妙に珠実ちゃんの視線が痛くて、
服の中で冷や汗が流れる。
「白鳥さんは今お帰りなんですか?」
「うん…、ちょっとあっちで作業していて…」
 本当の理由は、銀先生に放課後呼ばれていたのだが、友達の3人が先に折檻を受ける事に
なってしまっていたので、それを待っていたためにいつもよりも少し遅くなってしまったのだ。
さすがにこの事を梢ちゃん達には説明しづらい。
「そうだったんですか…。とりあえず、夕飯も遅くなってしまうので、早く帰りましょうか?」
「賛成です〜」
「そうだね」
 歩き始めて少したった頃、僕は本屋によって行かなければならない事を思い出し、
梢ちゃん達にその旨を説明し、1人で向かおうと思ったのだが…
「あ〜、それならちょうど私も用があったんです。珠実ちゃんはどうする?」
「私は桃さんと約束があるので、さっさと帰るです〜。あとは二人でごゆっくり〜」
 言うが早し、珠実ちゃんはさっさと行ってしまった。
「……それじゃあ、さっさと行こうか。あんまり遅くなると、皆にも迷惑がかかるし……」
「……そうですね」
 そうして、僕達は本屋さんへ足早に向かい、僕は今回の課題の資料を、梢ちゃんはまた、
"何に使うのか想像する事の出来ない"本を購入し、鳴滝荘へと戻った。途中、遅くなったお詫びという事で、
阿甘堂でたい焼きを7つ買って帰った。

「さて、そろそろ課題を終わらせないと……」
「ウオーイ! にゃはは! 珠ちゃ〜ん、そこのビール取って〜」
「はい、どうぞです〜桃隊長〜」
「ん……ん……ん……ぷっはー! やっぱりこれだね〜」
「おーい朝美ー、そこのつまみ取ってくれ〜」
「はい、灰原さん……ってお母さん! それはお兄ちゃんの分だよ〜」
「んぐんぐんぐ……うっ……」
「お、お母さん!? 一気にそんなに詰め込むから……はい、お水」
「…………はぁ〜。……ありがとう……朝美……」
「えへっ。どういたしまして」
「おらー! ビールが足らんぞー! ビールが!」
「……ううっ……今日もこの状態じゃ課題が出来ないよ〜」
 僕は机の上で静かに噎(むせ)ぶる。このままじゃ、銀先生の折檻が……。
「あの〜白鳥さん?」
 そうしていると、側に梢ちゃんがやって来た。今回、僕の部屋で半ば強制的に行われている宴会に、
どうやら梢ちゃんも参加しているようだ。僕は机から顔を上げ、出来るだけ笑顔で対応する。
「何かな? 梢ちゃん」
「それって、学校の課題ですか?」
「うん、そうだけど…」
「あー、やっぱりそうでしたか。ごめんなさい、いつもいつも邪魔してしまって…」
「まあまあ梢ちゃん。そこまで気にしなくてもいいから」
 とりあえず、安心させるように言う。
「今回の課題はそんなに大変なものじゃないから、何とか終わらせることが出来るから。ねっ?」
「そうですか…。でも、どうしてもという時は遠慮せずに言ってくださいね?」
「うん、その時はそうするよ。ありがとう、気遣ってもらっちゃって」
「そーよ、白鳥君。うちらだって鬼じゃないんだからさ〜」
「白鳥さんはいろいろな事に気を使いすぎです〜」
「そんなんじゃ、体がもたねぇゾ」
「ほら、私もお兄ちゃんも、梢お姉ちゃんも、みんながここの家族みたいなものなんだから、遠慮しないでよ」
「…みんな………家族………」
「ま、そう言うことだから、うちらは一時退散しときますか」
「そうですね〜」
 桃乃さんの掛け声と同時に、周りのみんなが一斉に立ち上がり、空き缶などを回収し始める。
始まってからさほど時間がたっていない所為か、片付けもあっという間に終わってしまった。
僕は、信じられないという感じに、呆然とこの光景を見ている事しか出来なかった。
「それじゃあ白鳥君、宴会はあたしの部屋で続きをやってるから、さっさと学校の課題なんて終わらせて、
盛大にやりましょ」
「はい、分かりました。……どうもすいません、わざわざ気を使ってもらっちゃって……」
「いいって事よ。それじゃあ行くぞ! 野郎ども〜!」
「おー!」
 桃乃さんを筆頭に、次々に僕の部屋から退散していく。最後に、梢ちゃんが出て行こうとして、
一度ドアの付近で振り返った。
「あの……頑張ってくださいね。待ってますから」
「うん、ありがとう」
 静かに梢ちゃんがドアを閉めて、この部屋には僕一人だけになった。
「さてと……」
 みんなの期待に応えるべく、僕は机に向かって作業を始めた。

「ん………」
 窓から射し込む陽の光で、僕は目を覚ました。
 机に突っ伏した状態で寝ていたのだから、多分、作業しながら寝てしまっていたらしい。
 ふと、時間が気になり、時計のほうへ目をやる。
 9時15分。
 この日の授業開始時間は確か……9時30分。
「あ〜! 遅刻だぁ〜!」
 そこで一気に目が覚めた。それと同時に、違和感を覚えた。
 部屋の中をぐるりと見渡すと、見覚えのある空き缶やビンが……
「……という事は、もしかして……」
 自分の手元にあるスケッチブックに目をやる。そこには書きかけの、半分と少ししか終わっていない、
今日までの課題。
「……遅刻の上に……課題忘れ……」
 一気に血の気が引いた思いがした。
 そして、夕べの事をはっきりと思い出した。
 僕の部屋で、夜遅くまで宴会をしていたことを。
 つまり……
「今さっきまで喜んでいられたのは、夢の中だったからか……」
 僕はせめて課題だけでも終わらせようと急いでやり、朝ご飯も食べずに鳴滝荘を飛び出した。
 ……結局、100%遅刻して、銀先生から折檻を受けた……。


めきょ